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小商いは敗者復活戦 カレーとコーヒーの店ケプリコ・難民社長の場合【しょぼい起業実践インタビュー】

小商いは敗者復活戦 カレーとコーヒーの店ケプリコ・難民社長の場合【しょぼい起業実践インタビュー】

どうも、えらいてんちょうです。皆さん、しょぼい起業やっていってますか。今回はカレーとコーヒーの店ケプリコの難民社長さんにインタビューしました。

アトリエ、シェアハウス、喫茶店・・・あっという間の20代前半

-自己紹介からお願いします

難民社長と名乗っています、藤野郁哉、26歳です。今は会社役員と、20歳くらいから自営業をしています。今はケプリコというカレーとコーヒーの店を営業しています。

-経歴をお願いします

大学で絵画部に入ったのですが、そこの学部は24時間使える一軒家のアトリエを持っていました。自由な感じだったので絵は描かずに夜通し飲んで遊んでいました。そのアトリエの学外版を作ろうとしたのが始まりです。神戸元町の高架下に物件を借りました。最初は店を作るというよりは、そこで毎週飲み会をしていました。料金も投げ銭で。

-資金はどうしたのですか?

30万円くらいかかったのですが、自分が出資して始めました。リサイクルショップでバイトをしていたのですが、時給800円で働くのも馬鹿らしくなって自分でせどりをしていて、それがけっこう儲かっていたんですね。なのでそれを種銭にしました。店も自分たちで作りました。いろんな繋がりができて劇団の大通具の人とも知り合って、その人が改装してくれて店らしくなりました。

それからカフェ営業です。学内でコーヒー屋で働いている人達と仲良くしていたので、その人達に店に入ってもらいました。自家焙煎も教えてもらい、西宮にもコーヒー屋を出しました。そこは自分の働いていたリサイクルショップの前の余っていたプレハブを改装しました。そこは現在のカフェRelierとして今も現役の学生が運営しています。学生時代は二店舗を経営していました。

別に20歳の頃に大阪の中津にも家を借りました。物件を探している時に見つけたのですが、家賃が15000円と安かったので遊ばせてもいいと思って。よく夜中まで飲んでいたので、身内で泊まったりしていました。ずっと鍵は開けていたので、いろんな繋がりができてくるとだんだん定住する人が現れたりして、吹き溜まりシェアハウス化してきました。そこも今も中津の家というシェアハウスとして稼働しています。21歳から23歳の頃はせどりで月収が20万くらいあったので、シェアハウスの維持費はそれで賄っていました。

22歳で大学を卒業しました。西宮の店舗は後輩に任せて神戸の店舗を営業していたのですが、23歳の時に「喫茶店のおもしろ店長になるのもいいな」と思って神戸の店をたたみました。大阪のシェアハウスが盛り上がっていたので、そのすぐ近くでカフェを始めました。そこの人たちは仕事をしていない人が多かったので、困っている人たちに仕事を作れると思いました。そのあたりからおかしくなってきたんですけど。話せば長くなるのですが、結局僕のメサコン(※)が爆発して失敗しました。そんな風にして20代の前半は終わりました。

メサイアコンプレックス:「自分が世界を救わなければいけない」というような誇大妄想的な心理状態、もしくは人を助けることで自らの自己肯定感を高めたり劣等感を払拭しようとする心理状態

-なかなか濃い日々でしたね。

それで当時から仲が良かったえらいてんちょうに拾われて池袋に行きました。当時のえらてんは店舗を持ちたかったので、実際にやっている側としてアドバイスしたりして交流がありました。それでリサイクル屋や弁当屋や塾の経営、カフェバーもやりました。それが今のエデンですね。いろいろやっていたのですが方向転換などがあり、一旦解散しました。人間関係に疲れたので沖縄に行きました。


人間関係に疲れて沖縄へ、初めての「普通のサラリーマン」

-沖縄では何をしていたのですか?

沖縄にはつてがなかったので普通に就活して普通に就職しました。介護職です。普通のサラリーマンってこんなに楽でお金がもらえるんだって驚きました。一年くらい働いていたのですが、関西に居る時はずっと二人で暮らしていた祖母が病気になったので帰ってきました。それが去年末です。

帰ってきたことをSNSに書き込んだらいろいろなオファーがかかりました。コーヒー屋をやっていたメンバーからコーヒー紅茶の輸入卸の誘いがかかり、社長になりました。他のメンバーは会社員で副業禁止なので株主です。ふらふらしていたら社長に祭り上げられたので、難民社長と名乗っています。役員報酬は4万円ですが、社会保険に入れるし厚生年金もあるのでありがたいです。

それとは別に地元で何かしたいという思いがありました。地元で安い物件を見つけたのでコーヒーのネット販売とカフェの二段構えならいけると思って今年の3月にケプリコという店を開きました。オープンして半年ですが、僕としては20歳くらいからずっとやっている延長です。その当時からのお客さんも居ますし。実際にやってみたら住宅街ではコーヒーでは厳しいので、今はカレー屋でやっています。

-カレーはどこかで勉強したのですか?

スパイスをいじってチャイを作っていたので、カレーも作れるんじゃないかと思ってやってみました。インド人がカレー作ってる動画を50回くらい見て。通販のカレーも店のカレーも同じものを出してます。僕ふつうの固形のルーを書いてある通りに作ってもしゃばしゃばになって失敗するんですよ。がっかりするのもさせるのも嫌なので、失敗しないカレーを作りました。工数もなるべく少なくしてできる限り簡単で十分にうまいカレーができたと思う。細かいところまで手数に拘っても日本人の僕らにそこまでわからない。僕にわからないことは他の人にもわからないと思ってますし、シンプルでうまい方がいいと思っています。

値段の安さは、「競争したくない」から

-お店のカレー、すごく安いですよね(トマトチキンカレー290円・ターメリックライス100円)なにかこだわりを持って安くしているんですか?

値段が安いのはあんまり競争したくないからです。馬鹿だと思われていたいんです。同業からは相手にされないところにいたい。実際に馬鹿なのかもしれませんが。気づいた時は手遅れみたいな戦況を作りたいです。姑息な戦法じゃないと勝てないので。あとは自分なら買うかどうかっていうのと、大勢の人に買ってもらいたいからですね。

-お店の現状はどんな感じでしょうか?

ネットも合わせて月の売上は15万くらいです。どんぶり勘定ですけど。月30万くらいまでいきたいですね。1日30杯くらい売ったらいくかな。それくらいになったらまた次の店舗も出したいです。店舗展開と卸展開と考えています。週に何度かバーテンのバイトと、せどりもしているのでお金は溜まっていきますね。溜まったらまた投資という風に考えています。

-ずっと店をやってきた上で、得た知見などはありますか?

実践していく中で学んだんですけど、手書き手配りのチラシには効果がありますね。今でもやってるんですけど、手書きで向こうにメリットを提示すると商業ビラとは全然違って一人一人に効果があります。あとは何回も言われてますけど、飲食店をやると売り物を食べれますし、お金を使わなくなります。僕も毎日食べてますしね。

-これからの展望などはありますか?

小商いセンターみたいなものを作りたいですね。僕は小商いの話しかできないけど、店舗を見つけるスキルもカセットコンロでできるカレーも、コーヒーもビラのまき方も教えます。また、リサイクルショップのノウハウなども提供できます。それで収益を出るようにするのは難しくない。小商いなんで食い合わないし、町ごとにあってもいいと思ってます。週末だけの営業でもいいし、家賃が5万前後なら全然採算とれます。みんなが各地でしょぼい起業をすればいい。
小商いなんで敗者復活戦ですから、まともにはできないけどってことで。できないなりに店の二階に住めばいいし店のカレーを食べればいいし、月に10万上がれば上々くらいの感じで。時間も余るんで、バイトとかもすればいいし。個人の店としても拡大していきたいですけど、小商いの武器を提供したいですね。

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